メンタル的に潰れる起業家、潰れない起業家

私は、悲しいことに、メンタル的に潰れてしまってうつ病になった起業家だ。ちゃんとした起業家になりきる前に潰れてしまったので、正確にいえば起業家でもないだろう。最近ようやく、まあまあ元気になってきたので、これから起業しようとしている人や、起業して間もない人、さらには今後の自分に向けて、どのようなマインドになればメンタル的に潰れてしまうのか、そして潰れないようにするにはどうすればいいのか、自分の考えをまとめてみようと思う。

私のうつ病のきっかけ

私は、大学を卒業してから、大手IT企業にエンジニアとして就職した。7年間勤務後、自分の作りたいサービスを開発することに専念したくなったため退職した。その後は、初めてリリースしたアプリがちょっとだけ話題になり、2つめにリリースしたアプリも(流行らなかったものの)TECHWAVEイケダハヤトさんなどの有名メディアに取り上げられ、3つめに企画したアプリKDDIのスタートアップ支援プログラム(KDDIムゲンラボ)に選出された。上り調子だった。

しかし、その3つめアプリの企画や開発が難航し、KDDIからの資金調達もフルコミットできるメンバーが自分以外にいなかったため断念(資金調達には事業計画書の作成などでまとまった時間が必要)、その間に生活資金が尽きてしまった。そこで昼間にエンジニアとして副業しながら、夜に自分の開発を進める生活を続けるも、思ったように時間が確保できず、焦りや自責感のため何も手につかなくなり、人にも怯えるようになり、最終的には布団からも出られなくなってしまったのだ。

私のうつ病は、精神的な無理が続きエネルギーが枯渇している状態で、自分の力ではどうにもならない困難が起きたときに発症した。後にたくさんの本を読んだのだが、これは典型的な発症のパターンだった。

そもそもの原因は「思考の癖」

うつ病が発症したきっかけは人によって違うが、そもそもの原因は共通している。うつ病の人や、うつ病になるリスクが高い人は、みんなだいたい同じ思考の癖を持っている。『心が晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳』では、以下の9つを挙げている。(カッコ内の説明は一部私の言葉に置き換えた。)思い返せば、私は子どものころから、太字にしている思考の癖が強かった。

  1. 根拠のない決めつけ(根拠が少ないままに悪い思いつきを信じ込む)
  2. 白黒思考(あいまいな状態が我慢できない)
  3. 部分的焦点づけ(自分が着目していることだけに目を向け、やはりそうだったと思う)
  4. 過大評価・過小評価(失敗したことばかり思い出して、成功したことはすぐ忘れる)
  5. べき思考(こうすべきだと思うことと異なる現状にストレスを感じ、ああすべきだったと過去を悔やむ)
  6. 極端な一般化(少数の事象を取り上げ、自分はいつもこうなってしまうと考える)
  7. 自己関連づけ(悪いことが起きると自分のせいだと考える)
  8. 情緒的な理由付け(そのときの感情にもとづいて、ダメだと判断してしまう)
  9. 自分で実現してしまう予言(否定的な予測を意識しすぎるために、予測通り失敗してしまい、さらに予測を信じ込む)

思考の癖は長所にもなるため隠れやすい

困ったことに、これらの思考の癖は裏を返せば長所になることもあるため、修正されないまま大人になっていく。たとえば、2の白黒思考は本質を追求する、5のべき思考は理想を高く持って努力する、7の自己関連づけは責任感があるというように、それぞれいいように言い換えることができてしまう。

思考の癖に気付いたときはもう遅い

また、運よく思考の癖に気付いたとしても、起業した後だともう遅い。数十年にわたって染み付いた思考の癖を修正するには、最低でも数年の時間がかかるといわれている。投資家やチームのメンバーが、それが終わるまで待ってくれることはないだろう。

起業家のマインドの分類と危険ゾーン

これまでで書いたように、うつ病を防ぐ最強の方法は思考の癖を修正することだが、「よし、思考を変えよう」と思うだけで変えることはむずかしい。

幹線道路の工事中に迂回路を作るのと同じように、思考の癖の修正が完了する間、取り急ぎ潰れないようにすることも大切だと思う。そこで、自分の過去を振り返ってみて、即効性がありそうな方法を考えてみた。

まず、起業家のマインドを、下の図のように2軸で分類する。


「事業アイディアへのこだわりが強い」人は、もし自分のやりたい事業ができるなら独立せず社員でも十分だと思っている。自分がそれをやることに社会的な使命感を感じているようなマインドである。逆に、独立ありきで、何かお金になる事業をやりたいというのであれば、事業アイディアへのこだわりが弱いということになる。

「失敗は許される」は、関係者(投資家やメンバー)が失敗を許容している、かつ自分でも失敗を許容している状態である。関係者がどう考えているかわからない場合は、自分自身で失敗を許容しているかどうかが指標になる。

図の左上のゾーンは、典型的なスタートアップ起業家のマインドだ。ユニークなアイディアや技術を売りにしていて、サービスの内容が簡単に変わることはない。そのアイディアに人生を捧げるほど熱中している人もいるが、失敗が許されるこのゾーンにいるうちはメンタル的に潰れることはない。

左下のゾーンは、ロケット・インターネットに代表される、儲かるなら他のサービスのパクリでもOKという起業家のマインドだ。こちらもメンタル的に潰れる心配はない。

右下のゾーンは、大きな失敗はできないので、ローリスクな事業で起業しようとする人たちのマインドだ。脱サラしてフランチャイズへの加盟を検討している既婚男性や、○○講師や○○カウンセラーなどの複数の資格を持っている「ママ起業家」などが該当する。失敗するリスクを恐れているため、メンタル的には少し窮屈ではあるが、状況が悪くなると他の事業に切り替えることも可能なので潰れることは少ない。

問題は右上のゾーンだ。危険ゾーンと名付ける。最初は左上のゾーンにいたのに、気付いたらこのゾーンに入っているケースが多いはず。事業アイディアへのこだわりが強いために、状況が悪くなっても他の事業に切り替えることができずストレスがたまる。さらに、失敗は許されないと思い込んでいるので頑張りすぎて疲弊してしまう。もし危険ゾーンに入っていたら、すみやかに回避行動をとらないといけない。

潰れることを回避するためにやるべきシンプルなこと

潰れることを回避するためにやるべきことは「失敗に気づき、清算する」ことだ。上記の図でいうと、横軸の右に振り切れた状態を、左に戻すことである。縦軸は心の問題なので修正はむずかしい。一方、横軸は行動で修正可能だ。以下の2つの行動を起こしてみるといい。

1. 失敗に気付くため行動

失敗が許されないと思っている心理状態では、進捗が思わしくなくても、自分ではなかなか失敗と認めることができない。そこで、「スケジュール」というチェックポイントを使って、失敗しているのかどうかを客観的に判断してみる。

事業の進捗が予定より遅れて、スケジュールを引き直すことがあれば、それはひとつの「失敗」とカウントする。遅れた理由は関係ない。品質の向上であれ、ユーザーの動向を分析した結果であれ、ピボットであれ、スケジュールを引き直せばそれは失敗だ。

スケジュールの引き直しが許されている間は、「失敗は許される」状態ということになる。しかし、度重なる失敗で、関係者(投資家やメンバー)に、これが最後だと通告されたとき、もしくは自分でこれが最後だと思ってしまったときは、「失敗は許されない」状態である。

2. 失敗を清算するための行動

もし「危険ゾーン」にいることに気付いたのなら、いますぐ「清算」の行動に出るべきだ。ここにいる状態で、最後のひと頑張りは絶対してはいけない。あなたは、もう十分やってきた。これ以上頑張ると潰れてしまう。心理的に大きな抵抗があると思うが、最後のひと頑張りをするエネルギーは、ここで使ってほしい。

やることはシンプルだ。それは、関係者(投資家やメンバー)に謝ること。メンタルが「危険ゾーン」に入ってしまったことをていねいに説明すればよい。事業を副業などしながら細く長く続けていく方向に切り替えるとしても、「いつまでにはできそうです」などとコミットしないで、あくまで失敗で終わらせる。いったんすべてきれいに清算する。謝って、許してもらうことで、強制的に「失敗は許されている」状態に移行するのだ。

その後、個人的に野心を持ち続ける分には問題ない。別の本業があるなかで、今度は副業として事業を進めることになるので、なかなか進まないことにストレスはたまるが、他人に迷惑をかけることはないのでメンタル的に潰れるまではいかない。もちろんその間に思考の癖の修正することは忘れずに。

現在の私

私はいま、クオリサイトテクノロジーズ株式会社という地方(沖縄と北海道のみに拠点)にありながら首都圏レベルの仕事ができる会社で、エンジニアとして働かせてもらっている。うつ病から十分に回復していないうちに就職したため、就職してから1年半後に再びうつ病で休職してしまう最悪の状況で迷惑をかけたが、最近やっと復職することができた。

そして、うつ病になる前にやっていた事業からはいったん離れて、趣味の時間で別のサービスもリリースしている。相変わらずなかなか進まないことでストレスは感じてしまうが、日々の認知行動療法でそのような思考の癖を修正しながら、まずは普通の生活ができることを目指している。